きんたろうの家 すい臓ガンのブログ

すい臓がん余命1年宣告から2年経過。もう末期!

入院中の義父、抗生剤投与打ち切り

 

先日、11月19日土曜日、おじいちゃん(義父)が入院している病院に呼び出されて、たろ夫と私で話を聞きに行って参りました。

 

今年4月に老人ホーム入所、1週間後に緊急入院、手術、そして次の大手術は断ったところまでお話ししていましたが、その後も膿胸は全快していませんので、ずっと入院していました。

もう、手術を断っていますから、行えるのは抗生物質の点滴投与だけです。

2週間ぐらいドレーンをつけたままにしていましたら、抗生剤のおかげでしょう、炎症が少し治まり、それに伴って膿がまたどんどん出てきました。

たろ夫と、手術は断って正解だったよね、と話したものです。

 

その後はこの点滴を毎日毎日行うだけの入院でしたが、(面倒を見てくださっている病院には本当に感謝です。)今日まで何も問題がなかったわけではありません。

 

病院食をほとんど(1,2割)しか食べないので、あっという間に、みるみるうちに痩せていってしまいました。

(栄養補助食品のどろどろした液体も、食前に食べさせてもらっていましたが、それもほとんど口にしませんでした。生理食塩水の点滴ももちろんありました。)

 

最初の2ヶ月ぐらいは、調子の良いときは車いすに乗せていただき、少し運動のために院内を回ると言うこともできていましたが、9月の初めに一度高熱を出して、危ないときがあり、それ以降はもう寝たきりになってしまいました。

 

これには理由がありまして、大手術を断ってからずっと、おじいちゃんには最も強い抗生剤(5ミリグラム)が投与されていました。

これは、本来なら3日間投与、最長でも5日間しか投与してはいけないものだったそうです。

 

それを「膿胸」のため長期間投与し続けていたのですが、9月初めに、医師の判断で、ちょっと試しに抗生剤をやめてみたところ、高熱が出て、いきなり重度の痴呆になってしまったので、やはり抗生剤は今後も投与が必要であると判断されました。

(熱が下がってからしばらくしたらまた正気に戻りました!)

 

今回、主治医曰く、94歳という年齢で、高熱が出せるというのは体が丈夫な証拠だと。白血球が15000ぐらいあるのはすごいことだと。(ちなみにたろ夫は2800。汗。)

 

入院して早7ヶ月になり、このところ、良くもならないけどそれほど変化はなく、このままの状態がもう少し続くのかな、いや、でも最初に比べれば、ものすごく痩せていっているしなあ・・・。と思っていたところに、病院からの呼び出しです。

 

主治医と、婦長のお二人がおじいちゃんの今後について話をしてくださいました。

おじいちゃんが「抗生剤によって生かされている命」であることはすでに理解していました。

ですが、これからは、抗生剤投与を打ち切りますよ、と言うのが今回のお話の趣旨でした。

 

抗生剤というのは一つの病院で、1ヶ月に投与できる量が決まっているそうで、94歳のおじいちゃんが、ずっと抗生剤の投与を受けるのは、病院にとってあまり得策ではないようなのです。(すごく高額なものだそうです。)

それで、もう明日から抗生剤は投与しませんが、いいですね、と言うお話でした。

主治医の先生、物腰はとても柔らかいけど言っていることはすごい・・・・・・。

 

「手術をしません」と決断を下したとき、「あと1ヶ月で亡くなってしまったりすることもあるかもしれませんが、いいんですね。」と聞かれ、「はい、かまいません。」と答えていますので、今回私たちには「NO」と言う権利はありません。

 

あれから7ヶ月も生き延びてくれました。おじいちゃん、本当にありがとう。

先生も、看護師さんたちも、お世話してくださってありがとう。

 

たろ夫にとっては実父ですので、まだ気持ちの整理ができていないようです。

「やっぱり手術させておけばよかったのか」と私に聞いてきます。

そんなの、今更言っても時間は戻りません。

結局のところ私たちの願いは、安らかに、苦しまないで逝ってほしい、と言うものです。

 

 

21日月曜日、様子を見に行ってきました。

9月に高熱を出した時みたいに苦しそうな表情になっていて、いつもなら私が「だれかわかる?」と聞くと、「そのくらいわかるよ~。きんたろうちゃんだろう?」と答えてくれていたのに、今日は、「・・・・・・誰?」と、苦しそうに答え、また、目をつぶってハアハアしていました。

 

22日、今日また様子を見に行きました。

今日は「だれかわかる?」と聞くと、「きんたろうちゃん!」と一言言って、にこっと笑いましたが、それだけでまた目をつぶり、のどに痰が絡んでいるので苦しそうな表情を浮かべて寝ていました。

 

今、抗生剤投与が打ち切られ、いよいよ変化が起こることを覚悟しなければならなくなりました。

 

本当につらいです・・・。