きんたろうの家 すい臓ガンのブログ

すい臓がん余命1年宣告から2年経過。もう末期!

私は怒っている その1

おじいちゃんの現状報告です 怒っているのも本当です

11月29日夜8時頃まで病院で見守るも、変化なし。血圧はこの時上が60でした。

いったん家に帰り、30日の8回目の抗がん剤の予定に関して話し合いました。

 

たろ夫は一度決めたことは絶対変更したくない頑固者なので、抗がん剤は打ちに行くと。

(最低8時間は外出になってしまいます。)

 

仕方ないので、30日朝7時半に家を出て、おじいちゃんの様子を見に行き、血圧が80台になったと聞いて、よし、まだ落ち着いている、大学病院に行こう!と急いで行ってきました。

 

いつものようにまず採血していたとき、すでに顔なじみになっている看護師さんたちに、「今自分の親父が危篤なんだ~」と苦笑気味にみんなに話題を振りまくたろ夫。

 

でもこれが災いして、診察室に呼ばれたとき、義父危篤の情報が主治医に伝えられており、先生の方から「きょうは抗がん剤中止しましょう」と。血液検査の結果はOKだったのに。

 

たろ夫は、いえ、せっかく来たのですから大丈夫ですと主張するも、先生が「こういう時は中止するのが普通です。」と、穏やかにビシッと。そうですよね~。よかった~。

 

抗がん剤投与したら最低でも1週間は副作用がひどくて寝てばっかりなので、葬儀とかどうするのよと心配していました。たろ夫は長男です。

(先生、たろ夫の性格わかってらっしゃる~助かる~)

 

その後またすぐおじいちゃんの病院に行ったかというと、そうではなく(!)、前々から目がかすんでいたので、先生が5,6回は、「眼科にかかってください」と促してくださっていたのに今まで行っていなかったので、眼科にかかりに。

 

結果、両目、白内障。そうかなとは思っていましたが、変な病気でなくて一安心。

あ、でも白内障もバカに出来ないんですよね。

 

おじいちゃんの病院へは1時半ごろ着きました。もう目を開けたりすることはありませんでしたが、容体は安定していたのでまた家に帰ることにしました。

 

30日夜7時半頃、また私一人で行ってみました。

看護師さんに今日の夕方からの容体を伺うと、何を聞きたいのかと怪訝そうな顔をされたので、「体温や血圧に変化はありませんか」と尋ね、ああ、それを答えたらいいんですね、と言う今までお会いしたことのなかった女性の看護師さん。「医療関係者の方ですか?」とも聞かれました。

 

普通は詳しく聞いたりしないのかな。もしかしたら私も、たろ夫がすい臓がんになっていなかったら、様子を見るだけで、何の液体を投与しているなどと気にすることはなかったのかもしれない。

 

最初は「見ての通りですけど」という態度でしたが、一応きちんと説明してくれました。

血圧も変わらず80台。熱は出ていない。酸素の量を30から60に増やした。

(この数量の単位はわからない)痰は適時、吸引している。尿は少し出ている。

 

観察したところでは、ドパミンという血圧を上げる点滴を行っていたので、このドパミンと酸素のおかげで生命が保たれているという感じ。体温も自動的に保温する機材がつけられていました。

 

個人的には、のどは乾燥し、痰が絡んで苦しそうだから、もうそんな延命措置はしなくて良いと思うのだけれど、たろ夫にとっては実父で、そんな簡単にあきらめられるものではないので、口は挟まないことにしました。

 

 

ここまで読んでくださりありがとうございました。


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