きんたろうの家 すい臓ガンのブログ

すい臓がん余命1年宣告から2年経過。もう末期!

「自分の知り合いもすい臓ガンで死んだ」

悪意はないのでしょうが、「自分の知り合い(or親戚)すい臓ガンで亡くなったんですよ。」「自分の知り合い、余命1年って言われて、きっかり1年でなくなりました。」「余命3ヶ月って言われたけど、2週間でなくなった!」等々・・・。

 

こっちはまだ死んでないわ!「も」ってなんだ「も」って!

 

きっと、「すい臓ガン患者の家族あるある」ではないでしょうか。

 

「すい臓ガンだったけど、こんな風にして治った」、とか「こんな風に闘病中で頑張ってる」などという情報なら発展性があるけど、わざわざ面識ない人の亡くなった事実なんて、知らなくていい。すい臓ガンの予後が悪いのはもう十分知っている。

あんまりそういうのばかり聞かされると、亡くなった方は気の毒ではあるけれど、メンタルが削られます。

 

それから、顔見知り程度の方から「ご主人はお元気?」っていわれるのも、今の私にはちょっとむかつきます。

「ええ、元気ですぅ。(まだ死んでないわ!)(何か問題でも?って顔をしてにっこり笑う)

 

確かに、私が過敏になっているところもあります。純粋に気遣ってくれているだけだと考えればいい話かもしれませんが・・・。

いつ病状が急変するのかわからない状況ですから。(とか言いながら数年生きるかもしれませんけどね!)

 

先日『どんどん去って行く「友人」たち 親友とは』という記事を書きましたら、ブログ友達のかこさんからとても貴重なご意見をいただきました。(いつも本当にありがとう!)

 

「人の死や病気に真摯に向き合ったら、ご自分の生気まで奪われるから、ある程度にしておかなくてはダメよ」と言われたことがあります。

また「少なくとも両親や配偶者の生死に関わるだけでも、人として十分」とも言われました。 その言葉で私は、友達に私の死や病気にかかわる重荷を背負わせるべきではない、と考えられるようになりました。

 

こういう考え方をしてる方もいらっしゃるんですね。それはそれで、理解できました。

かこさん自身も、複数のガンの手術を経験なさり、声帯を失い、今も毎日点滴15時間(腸ろう)して、だけど明るく生きていらっしゃる、達人です。

お母さんは元気で、癌で、障がい者

 めちゃくちゃいいブログです。お薦め!

 

 たろ夫が積極的に「友達」に会おうとしている行為は、相手からすれば「棺桶に片足突っ込んだ人間と深く関わり合いを持ちたくないわ~」という反応を引き起こしているのかもしれませんね。

 

他人が無思慮にこちらを傷つけると思っていたら、こちらも相手にいやな思いをさせてしまっていたんですね。

 

相手とちょうどよい距離感でつきあうって、難しいと思うんです。人それぞれ「ちょうどよい」と感じる距離が違うから。

相手が生死の問題に直面していたらなおさらですね。

上記のかこさんは、優しいから、一生懸命、死にゆく友人を励まそうとしていたときに、そのようにアドバイスされたそうです。

 

もしもたろ夫がそんな風に気遣いを示してもらえたら、とても喜ぶと思います。

 

難しい問題は、本当は考えたくないけど、考えざるを得ない状況です。

 

 

もし私が手術不能のガンになったら。

 

誰にも言わない。(ぎりぎりまで) 

泰然自若と、死が世の中から撲滅されるのを待つ。

死ぬのは黙って待たない。待てば海路の日和あり~~

 

ここまで読んでくださりありがとうございました。 


にほんブログ村

 ↑他のがん患者の方の経験もとても参考になります。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村

↑介護頑張っている方から励みが得られます。