きんたろうの家 すい臓ガンのブログ

すい臓がん余命1年宣告から2年経過。もう末期!

人はどのように死んでいくのか

たまっている『宿題』・・・読もうと思って買っている医療関係の本の感想文を書くこと。

本を読み始めたのは良いのですが、(すでにざっと目を通したのですが)どうしても、自分の心の中で、整理してからでなければ読み進められないことがあると思ったので、それを先に整理します。

 

去年12月2日に亡くなった義父の最期についてです。

 

私は人生で初めて、人がどのように亡くなっていくのか、どのように日に日に衰弱していくのか目の当たりにしました。

 

94歳だった義父は、たろ夫や周りが「老人ホームに入ったほうがいい。何かあったら心配だ。」という説得をどうしても受け入れず、かたくなに一人暮らしを続けていました。私たちとの同居も拒否しました。

しかし、ある日庭先で転んでしまい、そのまま数時間倒れていたことをきっかけに、とうとう本人も老人ホーム入りを甘受せざるを得なくなりました。

 

急きょ決まった老人ホーム生活でしたが、そこでの生活は1週間くらいしか続きませんでした。

訪問看護というのでしょうか、医師が定期的にホームに来てくださっていたので、1回目、おなかのあたりが痛い、と義父は訴え、痛み止めをもらったそうです。

2回目、まだ痛いと訴えた時に、医師は、病院に行って精密検査したほうが良いと判断し、提携していた中規模病院に救急でかかりました。

胆のうが悪いのではないかと疑っていたそうですが、実際は『膿胸』という病気でした。

 

家族が呼び出され、ドレーンを通して膿を出すという簡単な手術をしました。

しかし、膿は全部は出切らず、大きな病院で大規模に胸を切る手術を勧められました。

 

この手術はリスクも大きい、と、誠実に外科医が時間をとって説明してくれたので、最終的なたろ夫(長男で、一番近い身内)の答えは、「NO」でした。

手術しない場合は、1か月以内に亡くなる可能性もあるが、それでもいいですか、と聞かれ、「かまいません。」とお答えしました。

94歳のお年寄りが胸を大きく切って、痛い思いをしたり、肺が破れたり輸血が必要になったりするリスクを考えれば、親族も誰も反対しない選択でした。

 

結局手術をしなかったので、2週間ほどたったところで、その病院を追い出されることになり、(大学病院でしたのでね・・・)受け入れてくれる病院に転院しました。

 

そこには、何というのでしょうか、お年寄りに特有のにおいが漂っていて、いつ亡くなってもおかしくなさそうな方たちがグタ~ッと横たわっていらっしゃいました。

 

そんな環境下で、義父は半年ぐらいでしたでしょうか、生存し続けました。

 

でもこれ、当時は知らなかったのですが、どうも違法な延命措置であったようです。

 

放っておくと、発熱するので、抗生物質を投与されていたのですが、本来、許されている最大の量を、半年ぐらいずっと投与するというのは、通常の病院では考えられない処置だそうです。

 

最長で3日とか、5日しか投与してはいけない、強い抗生剤を連続して投与されることによって、半年も生きながらえていた義父。

 

私が見舞いに行くと、ちゃんと会話もできたし、お盆に小学2年生のひ孫(私の次男の息子)が一度だけ見舞いに行った時には、起き上がって、珍しい生き物を触るかのように、ぺたぺたと触っていました。

 

子供も、幼いながらに、がりがりに痩せて、死にゆく老人に何かを感じたようで、目に涙を浮かべていました。

 

その後、体は衰弱し、寝たきりになってしまいましたが、いつも「私がだれかわかる?今日は何月何日?おじいちゃんの誕生日は?」などという質問にも、しっかり答えられていて、感心していました。

 

怒ったりすることも一度もなく、「こんな風にしてるけど、寝てるのも楽じゃないよ~」と、言われたときは、「そうよね~」と答えながらくすっと笑ってしまいました。

 

 

ここまで読んでくださりありがとうございました。 

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