きんたろうの家 すい臓ガンのブログ

すい臓がん余命1年宣告から2年経過。もう末期!

人はどのように死んでいくのか 最終回

いよいよこのタイトルの記事のまとめになりました。

  

わたしは、できる範囲で、頑張った。

ただ、義父の死に方は、かわいそうだった。

死に時を、間違えた。

 一言でいうと、このように思っています。

  

94歳で、配偶者はもう6年ほど前に他界。

特に趣味があるわけでもなく、ただ漫然と、新聞を読んだりテレビを見たりする生活。

苦しまずに死ねたらそれでいい、と思っていたけど、元気元気。

 

突然、『膿胸』という病気が発覚し、大手術を迫られた。

手術を受けるかどうかの決定を、息子(たろ夫)にゆだねた。

息子は手術をしない選択をした。

 

まず、ここです。

自分の人生なのに、息子とはいえ、他人に決定をゆだねてはいけないと私は思います。

昏睡状態だったわけではなく、ふつうに話を聞いて、判断ができる状態でしたから。

まあ、でも、他人に決定をゆだねるという時点で、これからも生きていたいという意欲がなかったともいえますし、ここはいいでしょう。

 

2番目の残念なところ。

手術せず、2週間たち、大学病院を出なければならなくなったとき、本人は、亡き義母が最期の1か月入院していた病院に移りたい、と希望したが、その病院からは、「2週間しか預かれない。」と言われてしまい、息子はその病院をあきらめて、(インチキ)病院を選んだ。

 たろ夫の心の中では、すぐ亡くなるという考えは全くなく、初めから、長期入院になる、と決めつけてしまったこと

患者本人が望んだ病院に、2週間と言われも、預けていたら、そこで本来の、適法な治療を受けて、間もなく亡くなっていたかもしれない。

半年以上もベッドで寝たきり生活を送らせる必要はなかったのではないか、と思います。

 

反省点

『膿胸』というのは、肺の周りに膿が浮き輪のようにぐるっと取り囲んでいて、本来、それをすべて取り除かなければならないもの。『化膿して溜まった膿』が、数リットルも体内にずっととどまり続けていたようなもの。

「2週間しか預かれない」と、正常な病院が言うにはそれなりの理由があるのだと考えるべきだったでしょう。

本来抗生剤の投与は、3~5日が最長。抗生剤の種類を変えたとしても、2週間が限度だ、という病院側の意向は正しかった。(そんな説明は受けませんでしたが)

しかし、私たちにはあまりにも膿胸についての知識がなかった。いまだ、抗生剤にどんな種類がいくつあるのか、義父にはどんな抗生剤が投与されていたのかも知りません。

判断するのに、知識が乏しいというのは、ガンだけに限らず致命的です。

 

 

(インチキ)病院は、インチキだと覚悟の上だから仕方なかったけど、せめてもっと楽に死なせてほしかった。

結局、(インチキ)病院で、長期間、違法に抗生剤を投与され、長生きすることができたわけですが、私には、苦しみを引き延ばしてしまっただけだと思えます。

 

インチキ、インチキと非難していますが、「終末期患者でお金を儲けるための病院だ」という理由ではよくないところですが、たろ夫のように、「自分では面倒を見れないが親にはすぐ死んでほしくない」というような家族にとっては、ありがたい存在でもありました。

ただ、「担当看護師」なるものがいたのかどうか、わからないほどに、私が見舞いに行っても、声もかけてもらえないし、こちらから質問しても、らちがあかないし不親切だと感じる答えが多くて。

長期間にわたって抗生剤を投与し、(そういうことをしているとは全く知りませんでした。ただの栄養点滴だと思っていました。)半年後、『もう抗生剤は打ち切り。ほかの人に回す。』という説明もぎょっとしましたが、そういう決定は、つまりはこの患者にはもう間もなく亡くなってもらう、ということを意味するのですよね。

だったら、なぜ、酸素マスクをしたり、体温を上げたり、血圧を上げる薬を投与したりして、延命させる必要があったのでしょうか。昭和天皇か!

 

最期のその処置は、本当に、必要なかった。と、ど素人の私は思います。

ただ、のどに痰が絡んでいたから、それを、こまめに吸引してくれれば、それでよかった。

結果的に、最期の数時間、看護師は義父を見に来ることも、痰を吸引することもなく、気が付いたら苦しそうな顔をして、亡くなっていた。←これ、まともな病院だと、絶対やらかしてはいけないことだそうです。

看取れなかった(涙)

 

ううーん、なんだか結局は (インチキ)病院の悪口になってしまいました。 

言いたいことは、こちらに知識があれば、もっとこうしたほうが良かった、と、今なら思えることがたくさんある、ということです。

 

後悔ではありません。これからの糧にします。それもあって、今、特に好きでもない医療の本を、たろ夫のため、自分のためにいろいろ読んでいます。

 

世の中には、在宅介護を引き受けられない状況の家庭もたくさんあって、その家族の方々は、医療関係者の方から、よほど残酷で冷たい人間であるかのように責められたりすることもあるそうで、そのことも、これからもっと真剣に考えなければならない「宿題」です。

 

 

義父が亡くなる前、寝たきりだけどまだ話すことができていたころ、こうぼやきました。

「本当はわしは、母さんのような死に方が良かったんだよ。(←1か月間、昏睡状態でそのまま亡くなった義母のこと)(自分は)・・・長生き、・・・し過ぎた・・・。」

 

この言葉を思い出すと、今でも切なくなります。

 

 

ここまで読んでくださりありがとうございました。 

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