きんたろうの家 すい臓ガンのブログ

すい臓がん余命1年宣告から2年経過。もう末期!

がんばりすぎない、悲しみすぎない。 その3

がんばりすぎない、悲しみすぎない。 「がん患者の家族」のための言葉の処方箋

こんにちは。毎日勉強は1時間までにするよう努力しているきんたろうです。

 

この本、読了しました。面白おかしく取り上げていこうかと思いましたが、時間がかかりすぎてしまいますので、正直にさっさと書いていきたいと思います。

 

この著者、「がん哲学外来」という一般社団法人の理事長だそうです。ついでに奥様はアメリカ人だと書かれていました。

それで、本を読み進めるにつれて、新約聖書や旧約聖書の言及があったり、「家族のなかでは夫婦が優先順位の一位」などの思想が、あまり日本人的ではないなと感じ、「…何を根拠に夫婦が優先順位の一番なのか?」と、思ったりしました。

 

目次をご覧になるとお分かりいただけますように、ケーススタディのような本だと思ってお読みになれば、参考にできることがたくさんあるのではないかなと思います。

 

子どもの立場で、「ガンの親がきちんと病状を教えてくれない。心配」

という問題に対しては、 「本人が家族にどの程度の情報を伝えているかは、わからないもの。・・・人間と言うのはある程度無頓着なほどに大胆にならないといけません。自分のことだけを思っていると、一喜一憂してしまいますから。「どうでもいい」と思う心も必要です。

と書かれてあり、一方で、 「夫ががんになり、夫婦で話し合って選んだ治療方法。でも義母から『息子が死んだらアナタのせいよ』と言われた。」というケースに関しては、

「お姑さんとの関係が築けていれば、口出しはしてこないものです。・・・ゴチャゴチャ口出ししてくる人は『放っておけ』です。」

などと言う解決策が提案されていました。

 

「妻が放射線治療を受けていますが、あまりに辛そうで夫である私の方が受け止めきれない。」というケースは、きんたろう家に置き換えると、 

「夫が抗がん剤治療を受けていますが、あまりに辛そうで妻である私の方が受け止めきれない。」と言う風になりますので、そのように当てはめながら考えました。

答えはなんだか哲学的で、

「副作用は仕方のないこと。ここに一喜一憂すると疲れてしまいます。ですから優先順位を下げないといけません。そうすれば、解決はできませんが解消はできますから。

優先順位を下げるとはどういうことかと言いますと、人生に期待することをやめるのです。人生に期待すると失望する。そうではなく、人生から期待される生き方をする。人間には必ず役割、使命がありますから、それを行うのみ。自分がどんな境遇にいようとも、です。でも病気のことばかり考えていると自分の役割に気づくことはできません。・・・「やめてもいいし続けてもいいし。どんな結論を出してもわたしはあなたを愛しています。」と伝えてください。グレーな問題に確信をもって出せる答えは『愛』しかないのです。」

 

 

難しいすい臓がん関連の本をヒーヒー言いながら読んできましたので、いきなりこの本を読むと、かなりお気楽な感じがしましたが、よくかみしめてみると、「そうね。たろ夫に長生きしてほしくて、今まで必死に模索してきたけど、結局、本人の決定を支持するのがいいのかな。」と思えるようになりました。

 

あとは、いくつになっても、人は「自分はあと20年くらい生きると考えている」と言うくだりは、確かに、と思いました。自分があと1年の命と言われて生きていくのは、本当に文字通り「お先真っ暗」だな、と思い、もっとたろ夫に寄り添わなくてはいけないなあ、と思いました。

患者の家族としても、「余命1年」宣告に振り回され続けた日々。

それでも気がつけばもう、1年10か月経ちました。

 

狂ったように旅行にでかけて散財し、ついには高級車を購入し、決して‟ふつうの”ガン患者ではないたろ夫ですが、今、生きていてくれてありがとう、と、心から思います。

 

ここまで読んでくださりありがとうございました。 

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↑本当は「その2」のほかにも笑える『処方箋』がありましたよ~