きんたろうの家 すい臓ガンのブログ

すい臓がん余命1年宣告から2年1か月経過。もう末期!

わかってない!

20日月曜日がだんだん近づいてきました。トモセラピーの病院に転院するべく、たろ夫と話し合いを重ねているところです。

 

恐らく誰もが「結局は転院するんでしょ?」と思われているでしょう。

だがしかし!次男よ!本気でこれはどちらに転ぶかわからんよ!!

 

たろ夫は抗がん剤そのものが何か、全くわかっていないんです。

 

腫瘍マーカーが少し減ったころ、喜んだたろ夫は「抗がん剤(エルプラット)を増やそう」と言いました。その時は、主治医が、いいえ、このままでいきましょう、とおっしゃいました。

 

その後、骨髄抑制も続いているし、体力の回復が遅れていること、そして7月半ばのCT検査結果が悪かったこと、現在抗がん剤を2年も投与していることも踏まえて、主治医が、「辛かったら1剤に減らしましょう。」とおっしゃいました。

 

その時たろ夫は「減らすなんてとんでもない!」という反応で、2剤を強く希望し、続行しました。

 

そして今、本人は今までになく熱心に肺に光線治療器の光線を当てて、「これで、今度腫瘍マーカーが減っていたら、このままA先生のお世話になる!」と言っています。腫瘍マーカーが減っていたら、なんと、1剤に減らせるかもしれないと思っているのです。

 

たろ夫の思考回路を理解するのはたやすくありません。

 

でも、わたしも、たろ夫がすい臓ガンになるまで、抗がん剤のことなんて、全く知りませんでした。

 

臓器によって、用いる抗がん剤の種類も全然違うことも、すい臓ガンで使われる抗がん剤が何種類あって、どういう効き方をするのかなども、全く。

 

『1種類目に耐性がついて、2種類目に耐性がついて、3種類目というより2種類目の3剤のうち1剤を減らしていたものを戻して・・・』なんて、たろ夫がガンにならなかったら、今でもちんぷんかんぷんだと思います。

 

それで、たろ夫は、まさしくそのちんぷんかんぷん状態です。

 

「光線で腫瘍マーカーが減っていたとしても、それは光線のおかげでしょ?抗がん剤とは関係ないじゃない。今の2種類の抗がん剤には耐性がついたんだから、一つにする(以前先生のおっしゃった提案)なんて、絶対あり得ないよ!」

 

と話すのですが、通じません。

 

CT検査前と後とでは全然状況が違うということが分かっていません。

 

しかし、わたしもまた素人です。

 

CT検査の前に、確かに先生は、1剤にしましょうかと提案してくださったことがありました。あの時、1剤とは何にするのか、聞けばよかったと後で思ったものです。

恐らく、5‐FUであっただろうとは思うのですが、まさかのTS-1ということもあるのだろうか、とか、正直、わかっていません。

 

そして、その5₋FUとイリノテカンには耐性がついたわけですから、残ったエルプラット(オキサリプラチン)を戻すしか方法がないのに、たろ夫はそれはいやだと言います。

 

なんだかもう、認知症患者を相手にしているような気分です。

 

「もう、知らん!」と言いたくなるけれど、そこが割り切れないのはやっぱり命がかかっているから。

 

そして、改めて考えた時に、主治医は、転院に関して、恐らく消極的な態度をとるのではないかと思い始め、かなりのプレッシャーを感じ始めました。

 

トモセラピーを合わせた集学的なチーム医療のほうがよいに決まっている。でも、だれも、「自分の病院よりあちらのほうがよいよ」とは教えてくれません。それをこちらから言い出して、主治医の先生は賛同してくださるのでしょうか…。

(小さい病院から大病院への紹介状は別ですよ)

 

だから、たろ夫自身がしっかり理解して、トモセラピーの病院を選ばなければ今回は実現しないのですが、なんだか今の主治医に、言い方は悪いですが丸め込まれそうな気がしてきました。

 

しかし、こんなことをブログに書いても解決にはなりません。

 

ああ、困った。本当に困った。

 

皆様にご参考にしていただけることがあるとすれば、抗がん剤の意味が分かっていない70歳近いオジイサンは結構多いかもしれません、ということでしょうか。

 

たろ夫は頭が悪いのではありません。

頭が古いのです。だから、新しいことを入れることが難しいのだと思います。

 

そういうことにしておきましょう。

 

はぁどうなりますやら。

 

ここまで読んでくださりありがとうございました。 

他の方の経験もとても参考になりますよ。 

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