きんたろうの家 すい臓がんのブログ

すい臓がん、2年11か月目。ラストスパートに入った。

「どんな形であっても死にたくない」という死生観はふつう?

たろ夫の体調は悪い…というか、機嫌がすごく悪いです。ちょっとしたことでギャーッと怒ります。副作用でしょう。吐き気と倦怠感、足のしびれはいつものことです。背中に、副作用の湿疹もいつものようにできています。

 

将来、たろ夫が末期症状になったときに、どの程度の延命措置をしてほしいか、2,3回、ちらっと聞いてみたことはあるのですが、もともと本人は、元気だったころより、「自分は例えガンになったとしても、絶対告知してほしくない!」と、本気で怯えていたくらい、死に対する恐怖心が強いので、話し合いになりません。

(残念ながら告知は、大学病院の外科医が、たろ夫の希望に反してあっさり冷たくおこなってしまいました)

 

「たろ夫ちゃんも、ガリガリに痩せて、寝たきりになって何週間も入院しているより、ぽっくり逝った方がいいでしょ?」と聞いてみたら、

 

そんなのお前、なってみたらごにょごにょ…」

 

と、ぽっくりの方を選びはしませんでした。(注:体調がいい時に聞いたんですよ)

 

たろ夫は、死後の世界を信じてはいません。天国、地獄、餓鬼、畜生(あまり詳しくありませんけど)、輪廻転生、何も信じていません。

(とはいえ、「子供の時、墓場で火の玉を見た!」と、今どき科学的に説明がつくものを、世にも恐ろしそうに話します。)

 

今生きているのは、何のためなんでしょう。

 

断言できますけど、『愛する妻のため』とか、『障がいを持つ息子の面倒をみなければ』とか、『孫の成長をこれからも見守りたい』などという家庭的な理由ではありません。

 

そんな気持ちがあったら、この期に及んで数百万円もする新車を必要もないのに買ったり、本当に嫌がっている家族を無理やり引っ張って旅行の供をさせようとしたりしません。

 

今度、正月に次男家族がまた帰ってきてくれるのですが、現在比較的元気なたろ夫は、「しょっちゅう来る。(もてなすのに金がかかる。)」と、去年は『自分の命が最期かもしれない』と、豪華なおせち料理を買ったくせに、今年はなんだか態度が大きいです

(ギトギトのお肉とか、カニとか、自分の好きなものばかり買いこむ予定です)

「正月で〇万円かかる。」などと、すぐお金の話をします。商売人ではありませんでしたが、本当にお金が大好きな人です。まあ、ケチではないんですけれど。

 

あの世にお金は持っていけないのにね。あ、持っていけないからこそ、今使い果たそうとしているんですね。やっぱりジャイアンだな。

  

元気だったころは、『ぴんぴんころりがいい!』と、ルンルン楽しく友達と旅行に行ったりお酒を飲んだりして遊んでいましたが、今は死ぬのが遠い未来ではなくなってしまい、「とにかく死にたくない」としか考えられないようです。

 

 

「絶対死ぬもんか」と自分を鼓舞するたろ夫を見て、「でも、人は必ず死ぬのになあ。」と思います。(もちろん本人には言いませんよ。)

わたしは痛みや苦しみが続くのは絶対に嫌。自力で起き上がれなくなったら、尊厳死させてほしいです。

 

 たろ夫の父親が亡くなったとき困ったのが、どこまで延命措置をするか、でした。

 

もう、自立して生活することはないとわかっているのに、酸素呼吸器、保温ベッド、点滴などやり続けるのを見て、かわいそうで、「本人は延命を望んでないんじゃないのか。お爺ちゃんが元気な時に、ちゃんと確認したのか、こんなのはかわいそうじゃないか。」

 

と言ったら、「確認していない」と。おじいちゃんの死とも、正面から向き合えなかったたろ夫。自分の死とも向き合うのが怖いんです。

 

人は、20歳で身体的には『大人』になるそうですが、精神的には30歳で大人になるそうです。(もちろん、個人差は大きいと思いますが。)

 

たろ夫の「死」に対する精神年齢は、幼すぎるようにも思うのですが、そういう考え方の人って、結構いらっしゃるのでしょうか?

 

こういうところも、ちょっと『大人の発達障害』?と思ってしまうところなんですが。

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↑これは2回バッサリ切って、3回目に生えてきた豆苗でした。100円で、3回半くらい栽培出来て、元はしっかり取れました~

 

ここまで読んでくださりありがとうございました。 

他の方の経験もとても参考になりますよ。 

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