6月8日(金曜日)夜、母きんたろうから電話がかかってきました。
「明日、お父さんがフラワーパークに行きたいと言っている。」と。
「日曜日から火曜日まで雨が降るから、土曜日のうちにバラを見に行っておきたいと言っている。」そうで。
毎日暇だから、何かと用事を作って出かけようとするたろ夫ですから、「お母さんの体力に無理がない程度に付き合ってあげて」と話をしたら、いや、そうではない、と。
母きんたろう「この2,3日、お父さん、ずっとぐったりして具合が悪くて、動くのも動けんぐらいなんよ。」と。
たろ娘「え?そうなん?じゃあ明日運転できんやん。」
母きんたろう「いや、でも行くって言いよぅんよ。お父さん、言い出したら聞かんやろ。」
たろ娘「体力もなくなっとって、目も見えんって言ってるのに、お父さんに運転させたら危ないやろ。お母さん、運転できるん?片道40分ぐらいかかるよ?」
母きんたろう「いや、ごにょごにょ…」
たろ娘「お母さん、理性的に考えんといけんよ。なんかあったら大変やろ。
体力がなくなっても出かけようとしてるんなら、もっと近いところに行って弁当買って食べるとか、折衷案を考えたりできるやろ。
ぶつぶつ愚痴りながらお父さんの言うとおりに従っとくだけじゃなくて、ちゃんとお母さんも自分で考えて物事に対処していかんといけんよ。」
母きんたろう「ああ、うん、ありがとう…。」
母きんたろうは、運転がものすごく苦手であり、とにかく運転しないで済むならしたくないというタイプなのです。それから、末っ子育ちで若くして結婚、専業主婦歴何十年。父たろ夫に引きずられるようにして生きてきた人です。
その母も、たろ夫がすい臓がんになってから、25分から30分かかる大学病院への道のりだけは、なんとか頑張れるようになりました。(でも、入院時を除けば、今のところ病院の往復もほとんどたろ夫が運転しています。)
それ以外の長距離運転は、たぶん無理です。父たろ夫の運転も危険ですが、母きんたろうの運転もどっこいどっこいです。
わたくしたろ娘は、「お母さん、今のままではいけない。」と、(一応優しく)説教し、「おやすみ」と電話を切りました。
6月9日土曜日、実家に行ってみました。
結局、出発の時間になっても、たろ夫は起きてくることができず、フラワーパーク行きをやめたということでした。
いつも、ものすごく早起きで、且つ、決めたことは絶対に実行しないと気が済まない たろ夫がキャンセルしたことに、驚きを禁じずにはいられませんでした。
午前11時ごろにはもう起きて、なにやらパソコンに入力していましたが、
「元気?」と声をかけると、
「まあまあよ。…だんだんと、衰弱してきてる。」と、振り返って弱弱しく笑いました。
本当に、急に体力減退が進んでいる感じがしました。
顔色も悪く、しわが増えて、明らかに体力が落ちてきていることが感じ取れました。この前まで、顔色は悪かったけど、活力はしっかりあったのに。びっくりしました。
本当に、もう、あまり長くないな。
そう思いました。
3日後、6月12日火曜日は1か月ぶりの抗がん剤の日です。2週間前に病院に行ったときはその前の抗がん剤から2週間しか期間をおいていなかったので、体力が回復しておらず、延期になりました。
それで今回、4週間ぶりの第3回目のFORFOXが6月12日の予定になっていました。
それでも今こんな状態で、また今度火曜日、抗がん剤が打てるのでしょうか。
わたしたろ娘は内心、もう、抗がん剤を打つのは意味がないんじゃないかと思います。
この前、腫瘍マーカーがかなり上がっていたことからしても、抗がん剤は効いていないし、その上こんなに体力が落ちているのに抗がん剤を打ったら、QOLがガタ落ちしてしまう、と。
第5治療を始めたばかりではありますが、もう、「ギブアップ」した方がいいのではないか、と思った矢先、たろ夫も、
「今度の抗がん剤も、打った方がいいのか、A先生が判断するやろう。」
と発言し、自分の状況を理解しているようでした。
「お父さんは死ぬ直前まで抗がん剤打つのかなと思いよったよ。」と、なんだかまた慰めにもならないことを言ってしまいました。
受け入れたくないけど、受け入れなければならない現実を、父は弱弱しく笑いながら、意外と理性的に受け入れているようでした。娘の前では気丈に振る舞っているのだとも思いました。
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