きんたろうの家 すい臓がんのブログ

すい臓がん、2年12か月目。ラストスパートに入った。

終末期あと1か月 また脳梗塞。足がちぎれるほど痛い

10月1日。昨日たろ夫は、イオンともう一か所に母きんたろうの運転でいったのですが、その時すでに、息も絶え絶えで、それぞれ一つだけ用事を済ませて、車に戻って座っていたのだそうです。

 

もはや、運転する気持ちはあっても、どうしても体が言うことを聞いてくれない段階になってしまいました。ゆっくり、必死に、数十メートルくらい歩くのが精いっぱいです。

 

それは正直、・・・ほっとしています。運転して事故を起こさずに済んだから。ごめんね、お父さん。運転できなくて、残念だよね。

 

今日午前中、父たろ夫にメールしました。

「〇〇中華料理屋は、評判いいみたいよ。これにしようか?」

 

うまいもの好きなたろ夫と、退院したらおいしい中華料理を食べに行こう、と話していたので、そのことについての内容でした。

 

するとしばらくして電話がかかってきて。

 

たろ夫「中華料理屋ね、行かれん。〇〇さんとの旅行も、もう断った。脳梗塞になった。」(ろれつもあまり回っていない。)

 

たろ娘「えー??(あんなに行きたがっていた外食あきらめた!?)かわいそうに。どうしたん?」

 

たろ夫「退院してから、右手が痺れて、右足が全く動かんごとなった。」

 

たろ娘「お父さん、昨日イオンに行ったやん。イオンに行ったときもう脳梗塞になっとったと?」

 

たろ夫「ああ?退院したの何曜日やったかね。土曜日。ああ、昨日、日曜日、イオンに行った。その後よ、足が痛くなって、動かん。」

 

たろ娘「ちょっと、お見舞いに行こうか?」

 

たろ夫「いい、いい、お前が来たからと言ってよくなるわけではない。自分のことをしてくれ。明日9時に訪問看護師さんが来るから。」

 

たろ娘「そう。わかった。」

 

すでに記憶障害は起こっていて、昨日何をしたかどこに行ったか、というのはもう、いつもあいまいなのですが、足が痛くて動かないというのは脳梗塞なのかしら?

 

気にはなりましたが、9月の入院の世話のため、わたしの仕事がたまりにたまっていまして、昨日も夜中1時くらいまでやっていたりしたものですから、疲れて、母にメールしました。

 

「今日はわたし、午後に様子見に行きましょうか?それともお母さんと電話で話した方がいいですか?」と。

 

母から間もなく電話があり、今朝は丸山ワクチンの病院まで母きんたろうが運転していったのですが、数メートルの距離も歩けなくなり、車いすに乗せてもらった、と。

(一応丸山ワクチン続けるみたいです。)

 

右足がちぎれるように痛いと言っている、と。

 

どうにか家に帰ってきたようなのですが、ここで、またもやアホ~な情報が。

 

 

 

 

まず、丸ワク病院に行く前、朝ご飯を食べていた時に、また酸素チューブを外していたのだそうです。

 

長男が、「お父さん、酸素チューブ、せんでいいと?」と聞くと、

 

邪魔やけ、(寝室に)置いてきた。」と答えたそうです。

 

家の中では酸素チューブの長さは20メートルありまして、自由に動き回れます。決してお出掛け用の酸素ボンベをゴロゴロひきずってなくてよいのです。

 

にもかかわらず!邪魔とは。

 

鼻にチューブが刺さっているのが気持ちが悪いのはわからなくもないですが、命に直結するということがまだわかっていないたろ夫。

 

その後、処方されたお薬を飲んだことは飲んだのですが、(大半は痛み止め)、その薬が効き始める前にすぐ丸ワク病院に出かけたため、脳梗塞からくる痛みが生じたのであろう、ということでした。

 

母きんたろうが訪問看護師さんに電話して相談しました。

 

酸素チューブを外していたから脳に酸素が回らなかったことも大きいでしょう。

 

午後は、お薬が効いてかなり痛みがなくなったようですが、もう、たろ夫、めちゃくちゃしますから、これからもどうなるのかわかりません。

  

も~。も~。

 

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