きんたろうの家 すい臓がんと愉快な家族のブログ

すい臓がん3年間の闘病記と、思いつくままに書きなぐる絵と文。

終末期あと1か月 敵は本能寺にあり

10月5日金曜日。今日は、11時半に、注文していた中華料理をわたしが取りに行って、実家でみんなでお昼を食べました。

 

たろ夫はどのくらい食べるかな~と思いながら見ていましたら、全種類、一口ずつ…。これじゃあ、痩せるよね…。

 

顔色も悪くなってきて、顔色悪いよと言うと、「さっきの薬飲んだら気分が悪くなってきた。」と。

 

さっきの薬って、吐き気止めのノバミンです。吐き気止めを飲んだら吐き気を催すものなんですかね…?もう、何が何だかわからない。

 

薬を飲んで、効き始めるのを待ってから食べたほうがよかったのかもしれません。

 

みんなでゆっくり食事を終え、父たろ夫は自分の部屋に入っていきました。

 

「一太郎」(今の人はwordですね)に何やら10分ぐらい入力作業をした後、疲れた、と言ってベッドに座りました。

 

酸素濃度を測ったら、90に減っていました。脳を使うと酸素を消費し、とても疲れてしまうようです。(酸素チューブをしていてこれです。)

 

父が入力作業をしている間は背中をさすり、ベッドに足を伸ばした時には足裏のマッサージを行いました。

 

「何とか生きている」状態を見るのはとてもつらいです。何かしてあげたいと思いました。

 

今、足の痺れは6,7割、手の痺れは5割だと言っています。特に足の痺れが困る、とぼやいておりました。エルプラット(オキサリプラチン)の後遺症でしょう。

 

手の痺れは以前よりひどくなっているので、抗がん剤の副作用の名残だけではなく、脳梗塞の後遺症の方も加わっているのかも知れません。

 

 

歩き方は、右足の付け根から太ももがとても痛いので、不自然ではありますが、家の中は杖なしで歩いています。4,5日前よりは、マシです。

 

でも、もう、買い物などはうろうろできなくなりました。杖を使って2,30メートル歩くのが精一杯です。

 

近所のスーパーの駐車場からお店の入り口にたどり着くのすら、普通の人が感じることはない、はるか遠ーーい距離を感じます。

 

お見舞いに来てくださる方の前では急に明るく振る舞うので、まだまだ大丈夫だという印象を与えていると思うのですが、この食欲のなさ、そして脳の疲労の仕方。ほんの少しの運動での疲労感。

 

今日お見舞いに来てくださった女性の、顔は覚えていたけど名前をすっかり忘れていました。よく知っている人なのに。 

 

 

 

 

 

 そして、身体的に心配なもう一点は、ドレーンを抜いて縫合した傷口ですが、まるでCVポートを埋め込んだかのように、硬くてボコッとしています。変です。

 

ですが、「死にゃ~せん。」と、父たろ夫は言うので、わたしも「うん、死にゃ~せん。」と合わせています。

 

わたしはもう、痛かったり苦しかったりしなければいいと思っているので、父に話を合わせましたが、母きんたろうだけは年がら年中心配しております。 

 

 

今回、父の退院祝いだったのですが、わたしも母きんたろうの代わりに毎日病院に行って世話をしてすごく疲れたので、両親にお礼をされてもいいぐらいだと思うんですけれど、彼らにはそんな考えはないようです。

 

わたしがお金を出して中華料理を買ってきて、お昼にみんなで食べたのに、その後また、母きんたろうに「出禁」になりました。

 

「なんしに来たんね。早く帰り!」と、感情をぶつけてきたので、気分を悪くして帰ってきました。

 

母が、さっきの、数十年来の知り合いがお見舞いに来てくださっても、一瞬も顔を出さなかったので、後で「非常識だ」と言ったら、ブチ切れられました。

 

 

 非常識な人に面と向かって「あなたは非常識だ」と言っても何の解決にもならないどころか、状況は余計悪化することを、わたしは学ばなければなりません。

 

 わたしが悪かったです、ハイ。

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