きんたろうの家 すい臓がんと愉快な家族のブログ

すい臓がん3年間の闘病記と、思いつくままに書きなぐる絵と文。

最後の入院 人生初の泊まり込み(10日目後半)

10月18日(木)夕方以降

母きんたろうは18時ごろ家に帰り、わたしは21時に病院につきました。人生初の病院の泊まり込みです。

 

一般病棟の個室は、特別料金はかからないので助かりますが、泊まり込むのには結構狭いです。緩和ケア病棟には、すぐには移れないらしく、土、日は手続きできないから月曜日になりそうだと言われました。(明日金曜日はだめなの??)

 

簡易ベッドは片付けちゃったのか、見つからなくて、ストレッチャーを貸していただきました。狭い個室で病人のベッドの横に寝るのにはぴったりの幅でした。むしろ、簡易ベッドは入らなかったんじゃないかな?

 

21:15 「娘さんが来たら睡眠薬を出しますからね。」と言われていたという睡眠薬をもらい、飲んで満足したたろ夫はすやすや眠り始めました。(ナルラピド2mgも追加です)

 

父たろ夫の横で、わたしも今日は早朝440分から起きて動いていましたので、疲れて1時間ほど寝ました。

 

22:30 ふと、父たろ夫を見ると酸素マスクを外しています。慌ててわたしが口に被せたら、たろ夫は無意識に「いらんっ!!」と言って払いのけた後、パッと目を覚まし、たろ娘がいることを認識。

 

たろ夫「あ~びっくりした~。」

 

わたしは何も声を出さなかったのに、なぜ、何にびっくりしたのかわかりませんが、「そしたら(酸素マスク)しとこうか。」と、可愛く言うことを聞いてくれて、また寝ました。

 

よ、よかった。

 

 

 

 

 

10月19日真夜中1:30。 ふと父を見ると、また酸素マスクを外していたのでそっとつけようとしたらまた起きてしまいました。

 

でも、「あ~3時間寝た。5時間寝た。昨日の今頃はわ~わ~言いよった。あ~眠れた。よかったぁ~。」と喜んでいました。

 

今日はたろ娘がそばにいるという安心感があったのだと思います。今まで、「さすがは俺(様)の娘だ!」と言わせるほどに信頼してくれていました。(褒め方がやっぱりジャイアンですけどね)

 

ちょっと目が覚めちゃったので、5分ほど父たろ夫は体を起こしていました。

 

自分で、「痛くない。眠たくない。」と言い、ひざ下が痒いということで、(末期がん患者は皮膚が痒いみたいです)メンターム尿素入りをすねに塗り込んで、しばらくマッサージしました。

 

1:40 またスースー寝てくれました。

 

 

しかし、このまま静かに寝てくれるほど容態は穏やかではありませんでした。

 

3:30 息が苦しいと言って起きました。「トローチをくれ」というのですが、看護師さんにお願いするも、医師の処方なしにはトローチすらもらえないのです。

 

父は「トローチくれたら気がまぎれるのに」とハ~ハ~言いながらぶつぶつ言い、「お母さんに売薬を買ってきてもらおう!その方が早い!」ということになりました。

 

その後、息が苦しいのなら、ぜんそくの塗り薬が少しは効くかもしれない、と、それも買ってきてもらうことにしました。(もう、理屈抜き。気休めでも何でもやってみる段階です。)

 

ず~っと背中をなでつづけ、やっと、4時に寝ました。

 

しかーし! 4:15  また、「苦しい」と。また起きて背中をさすってあげました。

 

酸素マスクをちょっと外していると血中酸素濃度がすぐに90を下回り、つじつまの合わないことを言い始めます。こわい怖い。

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退院に向けて自宅待機していた酸素生成器。今までのでは酸素が少なすぎたから。
 

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