きんたろうの家 すい臓がんと愉快な家族のブログ

すい臓がん3年間の闘病記と、思いつくままに書きなぐる絵と文。

最後の入院 腫瘍マーカーの推移と、ずっと気になっていた疑問の答え

10月22日月曜日、午後からは、たまに酸素マスクを外していましたが、たろ夫は眠り続けていました。

 

緩和ケア医と母とわたし、そして新しい緩和ケアの担当看護師さんとの4人で面談。

 

胸水が7リットルくらいだ、と。

 

右肺はとにかく胸水で話にならない状態で、残る左肺も転移がんが無数にあり、それぞれも少し大きめになっているため、こちらに胸水が出てきてもおかしくない、と言われました。

 

血液検査の腫瘍マーカー検査をしてほしい、と、頼んだら、過去のデータを見てくださり、一般病棟の時に9月25日に検査をしていました

 

元主治医、4,5回頼んだのに知らせてくれなかった。とにかくこの数値が、たろ夫の最後の腫瘍マーカー検査の結果です。

 

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2018年3月7日 CEA 15.3→ 9月25日306.0
 

CA19-9に関しては、最後の9月25日でも、5.6しかありません。基準値内ですね。

 

たろ夫の場合はやはり、最期まで腫瘍マーカーの数字は非常に少なかったと言えるでしょう。 

www.kintaro-o.com

 

緩和ケア病棟では血液検査もしないようです。

 

 

ふと、これまでずっと気になっていたけど放置していた疑問を聞いてみました。

 

「今まで父は、一度も生検をやったことがありません。確定診断をされていないんです。今更、父がすい臓がんではないとは思っていませんが、肺転移については、もしかしたら1%くらいは転移ではなくダブルキャンサーの可能性もあるのではないかと思っていました。

前回入院した時に、胸水を抜いて、病理検査したと思うのですが、その検査結果はやはりすい臓がんの転移だったのですか?」

 

緩和ケア医は生検のデータを開いて見せてくれました。がん細胞らしきものが染色されていました。

 

「ナントカカントカlamaと書いてあるから、すい臓がんの転移ですよ」、と。

 

しつこくわたしが、「ナントカカントカlama」と言うのはすい臓がんだと言う意味なんですか?」とお尋ねすると、

 

さらに下の方に画面をスクロールして、「膵癌転移」と書いてあるところを見せてくれました。

 

とうとう、ついに、答えを知ることができました。状況は何も変化しませんが、これで悔いは残りません。よかった。

 

 

 

 

 

 

 

この面接の後、担当看護師さんとわたしと母きんたろうで、別の場所でさらに話をしました。

 

わたしと母きんたろうが交代で泊まり込む予定であることや、家族構成や緊急の連絡先などを聞かれたのち、

 

葬儀社は決まっているか、と聞かれました。

 

たろ娘、時間を作ってひとりで話をつけてきておりました。葬儀社の名前と電話番号を伝えました。

 

葬儀社に行ったときの話も興味深いのですが、書く機会がなくこのブログ(たろ夫闘病編)が終わりになりそうです。

 

(簡単に言いますと、ぼったくり葬儀社と提携している近隣の病院の名前を3つ教えてもらいました。大病院、中規模病院、そしてうちのおじいちゃんが入院していた病院でした。)

 

葬儀社側で、湯かんはしますか、と聞かれ、しません、と答えると、(母きんたろう、湯かんが何か知らなかった…勉強してね)それではこちらでエンゼルケアをしますね、とのこと。お願いしました。

 

簡単に言うと、湯かんとは、亡くなった後、ご遺体をお風呂に入れることです。

 

それから、後で決めたことですが、白装束の代わりに「背広」を着せることにしました。

 

ふーん。母きんたろうは「お父さんはおしゃれだったから」と言いますが、わたしの、父たろ夫のファッションに対する印象は、……ディスるのはやめておきます。

 

着々と、終わりに向かってきました。

 

今回また、ちょっとだけ元主治医への不満を書きましたが、まあ、やり方は好きではありませんでしたが、それでも決して仕事を怠けている方ではありませんでした。

 

たろ夫のようなお任せ患者ではなかったなら、もっと違う関係が築けていたかもしれませんし、母きんたろうの意向も反映した上でのこの状態でしたので、わたしには手出しできない部分が大きかったです。

 

尊厳死に関しても、元気なうちに 、しっかり準備しておくべき、と言う意見は聞き入れられませんでした。

 

父たろ夫は、異常に死を恐れていたのもあり、事前に話し合うことが出来ませんでした。

 

今回の入院に関しても、初めから緩和にかかるとか、一般病棟に行ったのなら胸水を抜くことを強く主張することも出来たかもしれない、とわたしは思いますが、父と母が一般病棟にかかることを選んだわけだし、父たろ夫が、胸水を抜かないという主治医の方針に同意したわけですし。

 

 

そういうことを総合すると、主治医一人が悪者なのではなく、こちらの側の主治医に対する依存度の強さや、どこにかかるかと言う判断や、それプラス看護師の‟適当な”「10割食事食べた」と言う記載なども相まって、こういう終わり方になってしまった、と思っています。

 

 と言っても、まだ終わっておりません。もう少し続きます。

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