きんたろうの家 すい臓がんのブログ

すい臓がん、3年間の闘病記と、がんの見落としより悪質な事件。。

最期の瞬間

10月24日(水)18:00 母きんたろうの泊まり込みの番です。

 

 血中酸素濃度70%台になってしまった。袋付きマスクに変えた。(酸素と二酸化炭素を分ける)

酸素生成器のレベルもMAXに。(10→14がMAX)血圧99-65

 

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これ以上増やせないレベル

 

19:30 元主治医(A先生)見舞ってくださる。本人、ゆったり落ち着いているようだ。むくみがある。

 

23:00 血圧128-95 熱37.9℃。氷枕をしても熱が上がってきた

アセリオ解熱鎮痛剤投入 むくみ、かなり増

 

23:50 ゴロゴロ痰が詰まっているし、呼吸が荒い。少しきつそう。

血中酸素濃度93%(回復したというよりは、これ以上は出来ないほど酸素を最大に送り込んでいる)

 

10月25日(木) 3:00 痰を吸引に来る 

 

きんたろう「きつそう。薬を増やしてください。」

緩和看護師「そうします。そんなにきつくないと思いますが…。」

解熱剤投与。たんの吸引、少しだけ取れた。たろ夫、抵抗する力もなくなった。

熱38.9℃

 

3:30 少し表情が落ち着いた

 

6:00 脈110 血圧正常 血中酸素濃度90%。

 

看護師「80%台になったら娘さんとかにも連絡してください。」

熱37.9℃。さらに解熱剤投与。胃薬、利尿剤も注入。

 

6:45 血中酸素濃度88%。 前回、息も絶え絶え緊急入院した時と同じ数値。(今は薬で押さえているのでそれほどしんどくはない、と看護師さん。)

 

7:30 血中酸素濃度87% 「娘さん呼ばれた方がいいと思います。」

7:45 きんたろう、たろ夫の手をしっかり握ると、くぼんで肉が戻らない。

 

いっぱい頑張ってくれてありがとう。愛してくれてありがとう。素晴らしい夫だったよ。尊敬してる。大好きなたろ夫ちゃんありがとう。もう休もうね。

 

←と、母きんたろうが便せんに書いているので一応書き写しておく。(本当はもっと延々と続く文章。う、・・・。)

 

 

8:00 右手血管注射したところがむくんで腫れあがってきて、さっき握りしめた時できたくぼみが元に戻った。

 

血中酸素濃度86%。確実に酸素濃度が減っていってる。

 

すごく悲しくて辛いけど、早く!一時も早くスーッと楽にしてあげたい。(←と、きんたろうが書いている)

 

8:50 血中酸素濃度85%。脈拍130

 

9:00 たろ娘、ダーリン、病院到着

 

9:25 緩和ケア医 回診

熱は、腫瘍熱でしょう。少しあごをカクカクしてますね。」(下顎呼吸)

 

10:05 熱39.1℃。

 

10:20 足を洗って尿素入りクリームを塗った。熱39.0℃。

汗を出し切れない。(その体力がない)血中酸素濃度 75% 脈拍127

 

11:20 血中酸素濃度65% 脈拍120 熱39.8℃。

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11:40 ドルミカム(ミタゾラム)薬剤がなくなる音。緩和ケア医の指示では、もう鎮静剤は止めてよいとのこと。

 

しかし母きんたろう、強く続行を希望。(少しの間でも苦しんでほしくない、と。)続行へ。

 

12:00 血中酸素濃度55% 脈拍・血圧 計測できない

ゴロゴロ言っていた呼吸が急に静かな呼吸になった。 熱39.7℃。

 

静かになったと思った、ほんの4,5分後、息が止まった。

 

口の中から少し血が混じった胃液のようなものが出てきた。(酸素マスクをしていたのでそこに溜まった)

 

12:15 緩和ケア医、来ていただく。瞳孔確認。「誰か、時計を持っていませんか。」時間確認。

 

「10月25日、12時15分、ご臨終です。」

 

 

これで、たろ夫の一生は終わりました。緩和ケア病棟では、たった4日の入院でした。

 

ただただ泣き崩れる母きんたろうの傍ら、わたしは落ち着いていて、少し気を張っていました。鎮静剤を続行させてくれた緩和ケア医に、心からの謝辞を述べました。直角敬礼。

 

 

 

 

 

 

翌日の午前11時から家族葬をして、12時出棺、火葬場へ。

 

遺骨は、粉々、ボロボロで、拾うにも拾いにくかったです。

焼き過ぎて茶色になっている部分も多くありました。

約2年前、わたしたち家族はおじいちゃんの火葬にも立ち会いましたから、遺骨の状態のあまりの違いに、

 

次男(たろ娘の弟)が、「なんで?」たろ娘「抗がん剤のせいだよ。」「ああ、・・・。」言葉がありませんでした。

 

 

 

亡くなる5日前、10月20日、たろ夫と2人で話していた時、「今月いっぱい生きられると思うかね?」と聞いてきました。

 

「お父さんの気持ち次第じゃない?生きるぞって言う気持ちがあったら生きられる。」と言ったら、「もう疲れた。力ない。」と答えました。

 

「…なにが悪かったんかね…。」と言うので、「お父さんはなんも悪くないよ。」と言いました。

 

死ぬのは、天罰でもないし、日頃の行いが悪かったからすい臓がんになったわけでもないから。

 

 

これで、父たろ夫のすい臓がん闘病記を終わります。

 

 

次回は、このブログを書き始めるに至った、父との約束を書きます。このブログの本当の目的です。

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