きんたろうの家 すい臓がんと愉快な家族のブログ

すい臓がん3年間の闘病記と、思いつくままに書きなぐる絵と文。

がん患者の直接死因:たろ夫のケースも考えた

がん患者は実際、どのような死因で亡くなるのでしょうか。

 

父は一度だけすい臓がんのセミナーに参加し、その時話し手の医師から、「たいていのがん患者はがんが原因で死ぬんじゃありません。多臓器不全で亡くなります。」と聞き、さらに個人的にその医師に近づいて自分はどうだろうかと聞いてみたら、

 

「あなたのような人はがんでは死なない。」と言われた、と、とても喜んでいました。

 

喜ぶ父をしり目に、(多臓器不全で亡くなるのもしんどいと思うよ…)と思いながら、そんなことはもちろん口には出しませんでした。

 

父たろ夫はすい臓がん・余命1年と言われてから3年生きて、結局、死亡診断書に書かれた直接死因は「膵癌」でした。「がんで死」にました。

 

がんで死ぬって、どういうことかもう少し具体的に知ろうと思い、ちょっと調べてみました。

 

何故がん患者さんは死ぬのか?がん末期の状況と実際の死因を医師が解説 | あきらめない!がんが自然に治る生き方

 

以下はこれをさらに簡略化したものです。

 

死因1.悪液質(カヘキシア)による栄養障害

いわゆるがんによる「激やせ」の状態です。これは、がんによって栄養が奪い取られ、食事や点滴で栄養を補給しても栄養状態が徐々に悪くなる合併症です。

 

死因2.臓器不全

がんが生命を維持する臓器(肺、肝臓など)に転移し、その臓器が機能しなくなった場合に臓器不全で亡くなることになります。

 

また、最終的にはいくつかの臓器が同時に機能不全に陥りますが、これを多臓器不全(たぞうきふぜん)といいます。

 

死因3.感染症

がんが進行すると、体の免疫力(抵抗力)も低下してきます。このため、肺炎、腸炎や敗血症など感染症を合併することが多くなってきます。

とくに高齢のがん患者さんや、筋肉が衰えて嚥下(えんげ)障害(飲み込むことができなくなる)がある患者さんでは、肺炎になるリスクが高くなります。

 

 

{たろ娘の付け足し}その他 .出血

吐血、下血。食道や肛門などの血管に血液が逆流し、「静脈瘤」を作ります。がん細胞はもろいので、これが破裂して、大出血することがあります。人体の60~70%は血液(水分)であり、生命維持に不可欠な血液を突然失ってしまうことになります。

 

・・・以上が簡単にまとめてみたものです。(付け足したりなんかして申し訳ございません。)

 

 

 

  これを父たろ夫に照らし合わせてみます。

 

父の場合は死因2の臓器不全が最も当てはまります。

 

右肺に7リットルもの胸水が溜まり、右肺の機能は完全にだめでした。左肺自体にもがんが無数に広がっていて、委縮もしていました。横からの圧迫&左肺の委縮、そして左肺のがん憎悪による呼吸不全であったと思います。

 

そして、よく聞く症状ですが、「食べたくても食べられない」症状は、亡くなる2、3週間くらい前からが顕著でした。消化器系が機能しなくなるのでしょう。

 

死因1の悪液質。父は激やせではありませんでした。末期がん患者の激やせの状態を自分の目で見たことがありますが、父はそこまで痩せていませんでした。

 

鎮静剤を打つ数日前(亡くなる8、9日前)までは、100メートルくらい、バーにつかまりながらですが歩けていました。重度の骨格筋の委縮(これも悪液質)があったのは最後の1週間です。数日のうちに、いきなり歩けなくなりました。

 

ただ、やはり亡くなる5か月前くらいから体力は落ちてきて、歩く速度などは明らかに遅くて足取りも心許なかったですが、ど根性で筋力を落とさないように頑張っていたという感じでした。

 

悪液質=激やせだとわたしも思っておりましたが、そこまで激やせではない場合もあると知りました。最終的には20キロ痩せましたが、もともとメタボでしたので、20キロ痩せても「かなり痩せているね」くらいでした。

 

この理由の一つに、前立腺機能や恐らく腎機能も不全に陥ったため、むくみが発生したこともあったのかもしれません。(亡くなる5日くらい前から)むくんでいたから激やせが表に現れなかったのかなとも思います。

 

緩和ケア病棟に入ってから輸液の種類が変わり、液体の量は3分の一だけど栄養を3倍に濃縮させたものを点滴しました。水分を取りすぎないようにする処置でした。善処していただいたと思います。

 

それから、上記の死因1,2,3のどれにもありませんが、『腫瘍熱』が出ました。約40度。最高に上がって、亡くなった、という感じです。

 

ただ、人間は皮膚から60cc、呼気から40cc、無意識のうちに蒸気の形で水を排せつし、体温を調節しています。これは、代謝活動の結果発生した余分な熱を、水の気化熱にかえて蒸気として外へ出しているということです。

 

ですので、この代謝活動が停止していった結果、熱を発散させられなくなってしまっていた、とも考えております。

 

そもそも腫瘍熱って、はっきりした定義がないようです。父の場合は、3年間、熱らしい熱も出たことはありませんでしたが、亡くなる最後の1週間に発熱が始まり、氷枕や解熱鎮痛剤などで対処していましたが、最後は40度まで上がりました。

 

また、終末期ではないがん患者の入院中の発熱に関しても、意外にも、その多くは原因不明だそうです。1年半前に勉強した記事です。 

www.kintaro-o.com

 

余談になるかもしれませんが、最後の最後に看護師さんが血圧を測ろうとして腕にマジックテープのついた布をぐるっと巻いて圧力をかけたら、その時に「最後の一押し」をされた感じを受けています。

 

決して恨んではいないのですが、それまでヒューヒュー(喘鳴:ぜんめい)言っていた呼吸が、その血圧測定(計測不可)をしてから静かな呼吸に変わったのです。

 

あれっ、っと思ったら数分後に亡くなりました。を絞めるのではなくを絞めたら亡くなったって感じ。冗談じゃなくてですね。

 

というわけで、父たろ夫の場合は複合的症状が見られましたので、最終的に緩和ケア医は「膵癌」という死因をつけられたのだと思います。

 

死因3の感染症については、お年寄りでは「誤嚥性肺炎」をよく聞きますので、わたしも肺炎を心配していたところでした。

 

 

がんサバイバーの方で、「がん患者で亡くなる人が苦しむのはせいぜい1,2週間」などと書かれていたのを読んだときには、「生きている人にとっては『せいぜい』かもしれないけれど、本人にとっても、看護している家族にとっても、それは決して『せいぜい』ではないですよ」と思いました。

 

今でも、最後の1週間、父はどんなに苦しかっただろうと思うと涙が出ます。

 

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