きんたろうの家 すい臓がんと愉快な家族のブログ

すい臓がん3年間の闘病記と、思いつくままに書きなぐる絵と文。

心を持った医者もいる

父たろ夫は病気が発覚するよりずっと前から「死」を病的なほどに恐れていました。これは本人への告知が当たり前になっている現代社会では受け入れにくい考え方なのかもしれません。

 

告知されて以来、生きている間ずっと、迫りくる「死」から必死に逃れるように暴走列車のような余生を送りました。

 

それでも、亡くなる5日前、たろ夫「今月いっぱい生きられると思うかね?」たろ娘「お父さんの気持ち次第じゃない?生きるぞっていう気持ちがあったら生きられる。」たろ夫「もう疲れた。力ない。」という会話を交わしたとき、

 

とうとうお父さんは生き続けることをあきらめた

 

と思いました。

 

その日の夜中から、最高に息苦しくしんどい時を過ごし、その時の会話が父とまともに話した最後の時となりました。

 

あの時、今までフルパワーで発揮していた「気力」をもう使い果たしてしまったのだなと感じました。

 

 緩和ケア医が「死期が近づいたら、本人がわかる。言わなくてもわかる。だから家族はそれを言わなくていい。」と初めて面談していただいたときに(父のいないところで)話してくれていたことを思い出しました。

 

今でも、あの時のことを思い出すととてもつらいです。(いま涙を流していたら、ダーリンが肩もんでくれました。「そんなにつらいんならブログ書くのやめたら~」と言って。)

 

健康的な生活をしていても、がんになるときはなるし、死ぬときは死ぬし、亡くなってしまったものはもう還ってこない。

 

それでもこうしてまだ父の弔い戦に挑むのは、例えれば「ひき逃げ事件」で家族を殺されて「逃げ得はゆるさない」という気持ちからです。

 

ただ発見が遅れて手術できなくなったんじゃない。そうだったなら仕方がない。

 

ただ見落としたんじゃない。そうだったとしてもあきらめる。

 

医師の態度と判断は「マニュアル」を逸しており、さらに病院はあまりにも悪質な隠ぺい工作をしたから。

 

調べれば調べるほど医療業界の汚い部分が見えてきてかなりうんざりしてきてしまったわたしですが、医者の中にも「心」を持った方もいらっしゃいます。

 

 

「膵臓癌と共存」というタイトルで無治療を選んですごしておられた「たまこ」さんという方のブログを読んだとき、感動で号泣しました。

最初の先生(続き) | 膵臓癌と共存

もう数年前に亡くなりましたが、その方も症状があったにもかかわらず、町医者に見つけてもらえませんでした。

 

その後、すい臓がんだと分かった時、その町医者はわざわざたまこさんに電話してきてくれて、

『痛いって言ってたのにごめんね
なんで気付いてあげられなかったんだろう

ごめんね ごめんね 僕は やぶ医者だ 医者失格だ
本当にごめんね 痛いって言ってたのに』と、

泣きそうな勢いで謝ってくれたそうです。

 

このお医者さんは、本当に助けてあげたいと思っていたからこそ、そうできなくてとてもつらく悲しかったのだと思います。ウソ泣きでもなければ、訴訟を恐れて謝ったわけでもないでしょう。

 

 

願わくば、すべての人がこのお医者さんのような「人の心」をもって勤勉に働く世の中になってほしいです。いのちに関わる仕事をしているのなら、より強い責任感を持って。

  

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