友人Aさんから電話がかかってきた。Aさんとわたしの共通の友人Bさんが胆管がんだと分かったと。
AさんはBさんが手術を受けないほうが良いと思っているらしく、自分が勧めようと思っている療法について私に意見を求めてきた。
彼女が最近読んだ「がんは自宅で治す」などという本によると、毎朝ニンジンジュースとリンゴジュースを飲んで、他は大体何でも食べていいけど少なめに食べて、(後はよく覚えていないけど、)がんが治るらしい。まずその本を読んでみてほしい、と。その方法プラス父たろ夫が煎じて飲んでいた漢方薬で、対処できないだろうか、と。
Aさんとは古くからの親しい友人で、実は父たろ夫が飲んでいた漢方薬を知るようになったきっかけもこの方からだった。
それでむげにはできなかったのだが、(ニンジンジュースとリンゴジュース…。)かなり呆れた。ニンジンもリンゴも普通に考えてよい野菜・果物ではあるけれども、それを毎日摂取して胆管癌が良くなるなら医者などいらない。
大体がんのステージがなにかも聞いていないのに手術しない方がいいなんて、いまどき何を言っているのだろうかと思った。
まずは「がんは自宅で治す」とやらの本を送るから読んでみてほしいと彼女は言うのだけど、申し訳ないけど全然興味がない。そんな時間があったら読もうと思ってまだ読んでいない『宇宙兄弟』を読みたい。
ここは丁重に、「ニンジンジュースは小林麻央さんなども飲んでいて、一時期は流行ったよね?でも、糖質も多くて、Bさんの体質に合っているかどうか、私にはよくわからないから、わたしはそれを勧めることには賛同しません。」と答えた。
Aさんは、たろ夫が飲んでいた漢方薬は手に入るか、と聞いてきたので、それはできる、と答え、彼女がそれをBさんにあげたいというので、これには同意した。わたしからではなくAさんからのお見舞いだということならばいいよ、という条件で。
「善意の策略」をやってしまった。
良かれと思って紹介し、最初の1か月分をプレゼントする。この漢方の効能について、また副作用について詳述した説明書も渡し、飲むも飲まないもご自由に、と申し添えた。
その後さらに継続されたかったらご自分で購入してください、と購入方法についてもお伝えしていた。どこでも入手できるものではないが、値段も高額ではないとわたしは思った。
するとBさんはその数日後、もうひと月分ほしい、持っているかとわたしに言ってきた。いや、正確に言うとお見舞いに行って一か月分をプレゼントした時、彼女がお金をわたしにくれたのだ。本当に要らない、お見舞いなんだから、と一生懸命断ったけど、彼女がどうしても譲らず、お金を受け取ってしまったのがいけなかった。
わたしは自分の意思に反して、漢方薬の橋渡し役になってしまった。
困ったなあと思っていたら、彼女の手術をする先生から、この漢方は飲んではいけないといわれた、とAさん伝いに聞いた。たぶん、わたしが渡した説明書を医師に見せたのだろう。そりゃ、だめだといわれるよね、あれを見せたら。
本当に効果がある根拠があるからその分副作用も怖い。自己責任だ。自分で判断できず他人(この場合、外科医)に判断をゆだねた結果、飲んではだめだといわれた。それもまた自己責任だと思う。わたしはこれでよかったと思っている。
その後、門脈だったか、どこか胆管の近くの血管にステントを入れる手術をし、さらにその数週間後、胆管から肝臓の3分の2を切除する大手術をした。
手術は成功したと聞いた。
…だが、その知らせのたった10日後、彼女は帰らぬ人となった。
彼女は糖尿病を患っていたとAさんから聞いた。だから、ニンジンもリンゴも本に書かれている量の半分にした方がいいかもしれない、などとAさんとBさんは話し合っていたそうだ。
肝臓切除の大手術のため、術前は食事制限が非常に厳しく、何も食べさせてもらえない、とこぼしていたらしい。
ニンジンジュースは飲ませてもらえたのかな。
リンゴジュースは飲めたのかな。
胆管がんは、すい臓がんと同じくらい予後が厳しいのは知っていた。実は母方の叔父が胆管がんを患い、1年で亡くなった。もう、20年以上前のことだ。
Bさんは、手術をした総合病院に入院してから、たった2か月で逝ってしまわれた。
…何をしても遅かったんだ。
そんな、何の慰めにもならない結論に達する。
わたしの知っているBさんは、すごい働き者で、でもちょっと太り気味で、よく食べる人だった。うらやましいほどの体力の持ち主だった。
せめて最後はおいしい食べ物が食べられたらよかったのにね。とても残念な気持がする。
そしてせめて最期は苦しまずに逝ってほしかった。
その詳細をAさんから聞く気にはなれなかった。彼女も多くを語ろうとはしなかった。
~~~~~~~~~~~~安らかにお眠りください。